愛するものたちとの日常。


by candy-k1
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いのちの食べかた

見逃してしまっていた「いのちの食べかた」(公式サイト)
この夏、早稲田松竹で上映することを知り、足を運んだ。

普段、私たちが口にしている食材が、どのように生産されているのかを追ったドキュメンタリー。
ナレーションもBGMもなく、
ただ淡々と、野菜や家畜の生産現場とそこで働く人々が映し出される。
この「淡々」が、スゴイ。スゴイのだ。

私も友人も、見終わった後、しばらく席を立つことができなかった。
静かに、ただ事実だけを追ったその映像は、
立ち上がることすら忘れてしまうくらいに、あまりに衝撃的だったのだ。


********

多くの農薬散布のもとで生産され収穫される野菜や果物が、映し出される。

広大な農地一面に広がるひまわり畑の上空の黄色いセスナ。
ぐっと低空飛行になったと思ったら、真っ白い農薬を、一気に噴射。

小学生の頃、「今日は空中散布があるから、外に出てはいけません」と、
担任の先生からの連絡事項があったのを思い出す。

農薬散布は、私にとっては珍しい光景ではなく。
農作物を作るには、農薬は必要なんだと
当時の私はそう受け取っていたけれど。
オトナの年になった今、
農薬に対する意識は、あの頃とは違っている。

農作物の収穫までの間の部分部分が、
こうした農薬で「支え」られていることを
改めて、知らされた。

*******

家畜のと畜工場は、正直目を覆いたくなった。
(実際、牛のと畜は、あまりの衝撃に、2頭目のその現場は、目を背けてしまった)
本能としての生殖行動をもコントロールされた種付けの段階から、
食用として生を受けた家畜には、
もはや「生きる権利」など与えられず、
オートメーション化された流れの中で
「生産物」として育てられる。
そして、成長した彼らは、抵抗する間も与えられず、
一瞬にしてその命は、閉ざされる。
本当に、一瞬で。
それは、あまりにも衝撃的で。
体が固まってしまった。


*******

しかし。
そうした上に、わたしたちの「命」が成り立っているのは、紛れも無い事実で。
(だからこそ、本当は映像から目を背けてはいけなかったのだ)
そして。
私たちが生きていく上で、食べることは、欠かせないことだ。
けれど、今の飽食の時代。
古代の人々(もちろん今もそうして暮らしている人々もいるけれど)がそうしてきたように、
必要な分だけを、必要に応じて、生き物を手にかける暮らしをしているわけではなく。
切り身の魚やスライスのお肉が、きれいに陳列された状態で食物を目にする、
今の時代に生きる私は、
その先にあった「いのち」を、きちんと見ることができていたのかな。

私。
ぼんやりとした意識の中で過ごしてきていたんだなと、痛感。


私の命の延長線上には、生き物たちのいのちがある。
日々の糧に、感謝しなければ。
感謝しなければいけない。
悲しい気持ちをぬぐえない生産の現実は、私一人で変えることは難しいけれど。
犠牲になった命を無駄にしないよう、
日々の食生活も見直さなければ。

食べることは、本当に大切なことだから
本気で考えていかなきゃいけないこと。
深く深く、考えた1日だった。





*******

「もう、お肉なんて食べられない」
なんて事は、言わないけれど。
それでも、ちょっと。
今日は、動物たちの瞳が忘れられず。
本日の夕食は、
にわかベジタリアンな食卓だったのでした。
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by candy-k1 | 2008-07-24 23:20 | 映画 音楽  本