愛するものたちとの日常。


by candy-k1
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清子さんの背中

小学生の頃。
友達と学校からの帰り道を歩いていると、自転車に乗った女性が後ろからやってきて、ぬーーっと通り抜ける。
そのスピードは遅い。
彼女が横を通り抜けるその時、私たち子供は声を押し殺す。
押し殺した声とは裏腹に、彼女を見る私たち子供の目は、奇異と好奇に満ちていた。

少し遠くに彼女の背中が見えた時点で、目を見合わせて私たちは必ずこう言った。

「バー清子だ」

彼女は、国道沿いにある「バー清子」という店の女主人。
私たち子供は、彼女のことを店の名前そのまんまで呼んでいた。
車で通り過ぎれば、うっかり間口を見逃してしまうほどの、小さな入り口。
店の引き戸が開いていた時、通りすがりに覗いた事があったが、カウンターがメインの小さな店。夜になると「バー清子」と書かれた赤い提灯に灯りがともる。
店を一人で切り盛りする彼女。
ほぼ毎日、自転車に乗る彼女に出会う理由は、遠い町まで自転車で仕入れに行った帰り道なんだということを、(母から聞いて)知った。


頭の高い位置でお団子風にまとめてはいるものの、ところどころがはらりとほつれ垂れた髪。
ネグリジェのような形と生地、ギラギラしたネオンのような色彩でプリントが施された洋服に原色のタイツ(赤が多かった)、夏の暑い時期は、タンクトップ(しかもノーブラだとういうことも、子供の目でみても一目瞭然)にホットパンツなどという服装を身にまとう彼女は、田舎の子供にはとっては強烈かつ衝撃的な人物だった。
しかし、その服装は女の子が憧れを持つセンスでは決してなく、どこかがいつもチグハグ、時に強烈さを持つチグハグで。
冬の時期は色彩配色を無視し、コレでもかというくらいに重ね着をし、着膨れをした姿で登場するもんだから、「今日はすごいね」などと、囁きあってしまう。

自転車をこぐ姿も、特徴的だった。
バー清子は肩幅が広い。
両肘を左右に突き出してハンドルを持つもんだから、広い肩幅は更に広く見え、おまけに肩が上がって首が埋まってしまう。
ペダルを漕ぐ足は、常にガニ股。
自転車の前かごには大きな袋、後ろの荷台にはいつもダンボール箱が積んであり、いつも山のような荷物が載っていた。
荷物の重みに負けないようにと踏ん張る力が、あの独特の運転スタイルを作り出したのか。
それだから、独特の運転スタイルのおかげで、遠くからでもその姿を「バー清子だ」と、判別することができた。

彼女の目はいつも怒っているように見えた。
自転車で通り過ぎるとき、私たち子供に視線を合わせることは少なかったけれど、それでも時々落とすその視線の鋭さに体をこわばらせた。
大きく薄い唇は「への字」の形を作っていて。
子供ながらに「あんなに怒った顔をしてる人の店に、お客さん来るのかな?」と、心配したもんだ。
仏頂面のバー清子は、(失礼ながら)お世辞にも美しいとは言いがたい容姿だったが、足は細く、美しかった。


中学生になって、部活動で小学生時代よりも帰宅時間が遅くなると、バー清子に会う頻度は減った。多分、私たちが帰宅する頃には、もう店は開店の準備で忙しい時間だったのだと思う。
それでも時々彼女を見かけると、「あっ」と心で小さく声をあげ、小学生の時と同じように押し黙ってしまう。
ただ。
小学生の時とは違い、彼女を見て感じるのは奇異や好奇ではなく、半ば尊敬に近い感情へと変化した。
生い立ちも、生活も、何もかも彼女の詳細を知るわけではなく、当時の私が知っていることと言えば、女一人店を切り盛りし、ぶしつけな子供(時には大人)の視線を撥ね付けながら、暑い日も寒い日も関係なくほぼ毎日、自転車で数十キロ先の町までの仕入に行き、帰ってくる彼女の姿だけだったわけだけれども。
それでも、その彼女の背中に、生きる女のたくましさを感じるようになっていったのだ。

**********

昨日の日曜日。
祖母の七回忌。
車で祖母の家に向かう途中、自転車をこぐおばあちゃんを見た瞬間「この人、知ってる。この後姿見たことある」と感じた。
と、同時に「あら、清子さんだ。どこかに行くんだね」と母の声。
町とは反対方向に向かって自転車を漕ぐその人は、まぎれもなく「バー清子」だったのだ。
「ねえ、今はもうお店やってないんでしょ?」と聞くと
「いや、今も提灯に灯りついてるから、やってるんじゃないかな?」と母。
「だって、もうおばあちゃんだよね?何歳くらいなの?」と聞くと
「75は過ぎてるよ。今でも、どこへ行くにも自転車だよ」

すごい。
その背中は、当時から比べると2回りも3回りも小さくなっていたけれど、両肘を左右に広げ、踏ん張ってハンドルを握る彼女の自転車運転スタイルは、当時のままだった。
びょうびょう吹き付ける赤城おろしと秩父おろしの交差する強風の中、ひたすら自転車を漕ぐ彼女の姿からは、75歳のおばあちゃんとは思えぬ、変わらぬたくましさを感じ取れた。

どんな性格の人なのか、どんな生活をしているのか。
言葉を交わしたことも無い私には、今もって、彼女の細かいことはわからないままだけれど。
でも。
バー清子改め清子さんは、ただその背中で、私に人生の一端を語り、教えてくれた人の一人だと思う。
間違いなく。

*********
そんな郷愁に浸りながら、家に帰り、おでんをたらふく食べる。
ごろりとしていると、友人からメールが。

あらあら!!!
にわかに忙しくなる気配。

この年末年始・・・・。
またまた「お祭り」が始まりそう。

家族の「またかよ・・・・」の声が聞こえます(汗)。
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by candy-k1 | 2007-12-10 17:10 | できごと