愛するものたちとの日常。


by candy-k1
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ぐるぐると、かんがえていること。

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あたちは じしんが きらい。 
じしんがいなくなったあとも しばらく だっこだっこと さわぎます
                               みるひ

******

あれから。
いろいろと考えてばかりおりました。

いえ。
考えるといっても、無い脳ミソと乏しい知識を引っぱりだして
狭い思考回廊の中を、ただただぐるぐるしているばかりなものですから
これだ!というような結論を導きだせるわけもなく
堂々巡りを繰り返しているだけなのですが。。。。

何度もためらいながら書いては消しを繰り返しましたので
このまま書かずに楽しいことだけ書いちゃう事もできたのですが
そこに触れずにいることは、自分自身を納得できない。
というわけで、やっぱり書く事にしました。







何を?
原発のことです。

正直、地震も怖いです。とても。
できれば遭いたくない。
でも、自然の前にあっては、どうすることもできないので、
仕方ありません。
でも、原発は違う。
これは、誰もが口にしていますが、「人災」の他ならない、と考えます。

偉そうに、、、と思われるかもしれませんが、
これまで、原発を「安全」だと思ったことは1度もありません。
原発には反対でした。
20代の頃、友人と話をする中で「反対」の声をあげても、
その声をそこで止めてしまった。
挙げ続けることをしなかった。
そうして、「安全」と思えないものの作り出すエネルギーの恩恵を受けて
ここまできてしまったわけです。
危険だと思いつつ、知りつつ、声も挙げ続けず、流されてきてしまった。
狡い大人です。
いつの間にか、思い出す事すらなくなっていました。
そしてここにきて、福島第一原発の事故。

ああ、なんてことだ。
あれほど恐ろしいと思っていた事が起きてしまった。
あの日起き、そして今も続いている事の代償を、
子ども達の世代に背負わせることになってしまったんだ。
この子ども達の5年後、10年後の健康は?
子ども達が育つ環境を守れる?
なぜ、声を挙げ続けなかった?
なぜ、もっと真剣に考えてこなかった?
なぜ、もっと行動に移せなかったんだ?
結局。
私は、子ども達の被曝の可能性を作ってしまったうちの一人なんだ。
次世代に、安全に暮らせる環境を手渡す事ができなくしてしまったんだ。
がっくりと、本当にがっくりとなりました。

いえ。
私一人の力なんて、ノミのフンくらいなものですから、
吹けば飛ぶくらいなもんです。
私一人が声を挙げ続けたところで、
何も変わらないということはわかっています。
でも、小さくても、無駄でも、無理でも。
やっぱり声を挙げ続けてこなければいけなかったんだと思うのです。
その反省をふまえて、
これからは、声を挙げつづけていこうと思います。
そして、動かなければとも、思っています。



今回の政府の動きは、納得いかないものがほとんどでした。
マスメディアの報道についても、「報道人としてのプライドはないのか?」と
詰問すらしたくなるような内容に、落胆。
何を信じたら良いのか、本当に混乱しましたが
それでも、ネットやtwitterを通じ、正しく警鐘を鳴らす方達の
貴重な意見や考察に触れることで、平静さを取り戻す事ができました。
彼らの見解は、みな一致しています。
それは、彼らの基準が「人の命を守る」だからです。


安全と言われる基準値を、国の非常時だからといって、
あっという間に許容量を引き上げる。
そこに異論を唱えれば、言論統制をかけようとする。
どこの視線にたって物事を考えているのか、私には全く理解できません。
国や東電の利権が、
人の、とりわけ子ども達の命の上に成り立っていいはずがないのです。
私は、自分の子の5年後、10年後、病気になるのを見たくありません。
自分の子だけではなく、どの子どもでもいやです。
大人になった子が、子どもを持ちたいと思った時に、
不安な気持ちでこうのとりが来るのを待つ姿を見たくありません。
これから人生を謳歌する人たちの、健康を奪いたくありません。

漁業、農作物の生産者、酪農家の想いも、胸が痛くなります。
命を育み、命の恩恵受け、命というものを誰よりも知っている人たちでしょうから
それを育み大切に受け継いできた土地を離れなければならない痛みは、
私たちの想像を超えたものなのだと思います。

動物や家畜たちの悲しい姿も忘れられません。
胸が締め付けられます。
保護をしてくださったり、お世話をしてくださっている
様々な団体、ボランティアの方々に感謝です。




これだけの大惨事である原発事故が今も収束していないにもかかわらず
今後も原発を推進しようとする人たちがいることも驚きです。
なぜ、健康被害の怖れがある、いや、確実にその事実があるにもかかわらず
原発は安全と言い続けられるの?なぜ、推進するの?と、聞いてみたい。
(経済の事やらいろいろ説明されるのは、想像できますが。)





今、福島の子ども達が本当に心配です。
国の定めた「年20ミリシーベルト」の持つ数値の意味を知れば知るほど
怒りがこみ上げてきます。
テレビなどで「学校」で無邪気な笑顔の子ども達を見る度に、胸が痛くなります。
なんとかしてあげたい、と思う反面、何もできない自分の無力さが歯がゆくなりますが
一刻も早く、子ども達の健康が守られる環境にと、願ってやみません。

私たち大人は
この時代に生きる「子どもたち」が大人になったとき
「あのときの大人たちが頑張ったから、安全なエネルギーで生活できるんだ」
と、思ってもらえる世の中にしていかなければならないと思います。
それは、原発の恩恵を受けてきた「今の時代の大人」たちの責任だと、
(勝手ながら)私はそう思います。
今は、ずっと脱原発、反原発の声を挙げてこられた方々の声を
もっと大きく、もっと力強く太くできるチャンスなんだと思います。
目標は見えているけれど、私自身、どんな歩みをすればいいのか
試行錯誤、時には迷走かもしれませんが
あちこちぶつかりながら、チャンスを現実にできるように、歩んで行きたい。
(しかも、よちよち歩き。いえ、オバですけど ・笑)
そう、思っています。

最後になってしまいましたが
福島第一原発の現場で命をかけて作業をしてくださっている皆さんに
心からの敬意と感謝を捧げたいと思います。
被災地へ出向いてボランティアなさってくださっている皆さんにも、
敬意と感謝を。
長距離走になるでしょうから、
いつか私も被災地で一緒に伴走できればと思ういますが、
今は、私ができる範囲での支援しかできません。
ごめんなさい。

なんだかとりとめのない文章になってしまったうえに、
書きたい事の全てを書けなかったのですが、
今日はひとまず、ここでおしまいにします。

これからも、原発のことも書くかもしれないし
「え?原発のことは、忘れちゃったの?」的な
お気楽な話も書くと思いますが、
今まで通り、マイペースに進めていきます。
よろしくおつきあいいただければ、ありがたく思います。

長い駄文に最後までおつきあいくださって、ありがとうございました。
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by candy-k1 | 2011-04-23 10:54 | おもうこと