愛するものたちとの日常。


by candy-k1
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たいせつな、私のキャンディ

前回の記事を書いたのは、
キャンディを病院に連れて行った待合室での投稿だった。
行く道すがら、本当に一緒に桜が見たいと思ったのと、
現状以上に、
キャンディのお世話をしたいと、心から願ったからだ。

でも、それは。
どちらも、かないませんでした。

3月20日夕方、キャンディは、天に召されました。
11歳と5ヶ月27日でした。

******
とても、長くなります。
読むのが苦痛な部分もあるかもしれません。
でも私は、
キャンディが本当に、最後の最後まで頑張ったんだということを
書き記しておきたいと思うのです。

お付き合いしてくだされば、幸いです。


**********
それまで良かったお腹の調子が悪くなり、
リンパ腫の進行が懸念されていたのが、1月の中旬のことだった。
それでもまだ、その頃は、処方されたお薬が効いて
お薬を飲めばお腹の調子も元に戻る状態だったけれど、
2月に入って、今までのようにお薬が効かなくなってきてしまった。
膵炎も悪化し、痛み出てしまった。
さらには、尿管結石も併発し、血尿と膀胱炎の症状も。
ずっと飲み続けていたお薬の副作用に、筋肉量を減退させてしまうという部分が
強く働いていたようで、膀胱のコントロールがうまくいかず、
キャンディの意志とは違うはずであろう場所で、オシッコをしてしまうようになってしまった。
電気コードなどにオシッコをかけてしまうと、危険なので、
キャンディは、オムツをつけて生活することに。

水溶性であったり、粘液質であったりの便は日々続き、
毎週お医者さんで検査と診察を繰り返していたのだが、
それでも、お散歩には行きたがったし、
私が仕事から帰ると、ポテポテ歩きながら、出迎えに来てくれる元気があったのだ。


3月15日午前3時頃。
ゴボゴボという、キャンディが吐き気を催している音で目が覚めた。
14日の日曜に、新しく処方された薬を飲ませていて
その副作用として、吐くかもしれませんと説明を受けていたため、
「あ、副作用だな」と理解して、キャンディの吐しゃ物を処理していたら、
今度は、猛烈勢いで、お腹を下しはじめた。
下し始めてから30分間、下し続け、最後の方は、もう血液だけを下す状態に。
夜が明けてからは、また吐いた。

朝一番で病院へ直行。
先生も吐くことは想定内ではあったものの、お腹をくだすことは
そのお薬の副作用としては考えられないとのこと。
血液検査や、便の検査をした後、先生はこうおっしゃった。
「このまま下痢が続いて、
キャンディちゃんの食欲が戻らずタンパクの数値が下がり続けたら、
1~2週間と考えておかなければならなくなります」

私がいつもメソメソするので、いつも先生は、
とても慎重に言葉を選んで、私に伝えてくださる。
その先生が、はっきり1~2週間とおっしゃったのが、とても心に重くのしかかった。

その日は、吐き気止め、補液とビタミン、下痢止めの注射をしていただいて帰宅。
しかし、その日の午後3時過ぎ、キャンディが痙攣。
すぐに病院に電話すると、低血糖になっているので、
砂糖水を口に流し込むように指示される。
痙攣がおさまってから、口を開けようとするのだ、硬直してしまって、口が開かない。
足も、関節がすっかり曲げることができないほどに硬直を起こしていて
これで最後なのか、と、涙が出た。
でも、いやだ、それはいやだ。それは、今じゃない。
渾身の力を込めて、でも、できるだけ丁寧に口を開き
ティッシュに含ませた砂糖水を、流し込む。
すると、キャンディの意識がはっきりしてくるのが、わかった。
そのまま、すぐに病院へ行き、検査、治療。
下痢による低血糖と、脱水症状、電解質のバランスを欠いてしまっていたために
痙攣は起きたようだった。

*****
そこから、毎日、病院へ通った。
ごはんも、好きなものを食べさせてあげてくださいと言われた。
この言葉は、正直聞きたくない言葉だった。
少し、覚悟をした。
キャンディの大好きな牛肉を、フレーク状にして食べさせると、
ガツガツと食べる。
食べ終わると、もっとないの?と、言う。
こんなに食べさせては、夜中のウンチが心配だなぁと思いつつも、おかわりを出すと、またペロリ。
翌朝の便は、後悔をしてしまうほどの状態だったが、
その日の夕方、ここ数ヶ月間、見たことがないような、
見事に形を残した、しっかりした便をする。
あまりにうれしくて、写メして、出張中の夫に送ったほどだ。
先生にも便を見せると、喜ぶとともに、
処方薬に変更もなく、さらには体調が悪化したこの状況下で
この見事な便がどうして出るのか、不思議がっていた。

それから3日間、夕方になると、見事な便をするので
うれしくて毎日、便の写真を撮った。
滑稽極まりない行動に違いないのは、自分でもよくわかっていたが
見事な便は、希望の光の象徴だったのだ。
食欲も出てきたし、便の調子もよくなってきたしで、
キャンディは回復に向かっているんだと、思えたのだった。

19日。
この日の午前中は、娘の中学の卒業式。
帰宅し、午後、病院へ。
少し、呼吸が早いということに気付く。
エコーとレントゲンを撮ると、少し胸に水が溜まり始めているのがわかったが
まだ抜けるほどの量ではないので、もう少し様子を見ようということに。
ご飯の量も、少し減ってきたのが気がかりだが、その日も良い便をしたので
翌日は、主治医の先生も休みということもあり、
変わったことがなければ、21日の日曜日に通院という形をとりましょう、
でも気になることがあったら、遠慮なく病院に来てください。
申し送りをしておきますので、○○医師を氏名してくださいね、と先生もおっしゃってくださって
なんとなくホッとしながら帰宅したのだ。

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          病院の帰り道の車内。キャンディにぴったり寄り添うミルヒ。
           キャンディの変化を感じていたのかもしれない。


翌日20日、午前。
前日よりも、呼吸が浅く早くなっているように見える。
少し動くだけで、マラソンを終えた人のような呼吸。
しばらくすると、元に戻るが、今までにない状況。
私が少し離れると、探すそぶりもみせた。
友人から電話があり、寝室で電話をしていると、キャンディの足音がする。
いつもなら、リビングで寝ているはずなのに、
苦しいはずなのに私を探しに来るキャンディの姿に、
いつもとは違うぞと思うとともに、キャンディはナニカを不安に思っているんだと感じる。


午後一番で、夫、私、ミルヒで病院へ。
車の中でも、持ち上げるのも大変なはずの顔を私の腿にアゴを載せ、
一生懸命呼吸をするキャンディが、とても愛おしかった。
その時は、数時間後にキャンディが旅立ってしまうなんて、思いもしなかった。。。

到着して、主治医のH先生が申し送りをしているF先生を指名させていただいた。
胸の水の状態を調べたいのだが、あまりに苦しそうな呼吸のため、
まず、酸素室に入れてからの処置をすることに。
ところが、酸素室に入れても、一向にキャンディの呼吸は荒いままだというので
見に行くと、キャンディがパニックを起こしているのが、私には見て取れた。
「一人で部屋に入れられたことでパニックを起こしていると思うので、違う方法を」と
先生にお願いし、私が酸素吸入口を当てながら、エコー室で直接胸から水を抜くことに変更。

エコーで胸を見ると、やはり水が溜まっていて、前日よりも増えていた。
すぐに水を抜きたいが、一度レントゲンを撮ってからということになり、レントゲン撮影をしたが、
1枚だけ撮影ですぐに戻ってくる。
「危なくて、1枚しか撮れない」とおっしゃる。
仕方がないので、エコーを見ながら、医師2人がかりで、胸の水を抜く。
でも、溜まっていた水の量は、思いのほか少量で、
それがここまで呼吸を荒くしている原因とは考えにくいとのこと。

考えられるのは、肺そのものになんらかの問題をかかえているということ。
いくつかの病名を挙げられたが、今はそれを検査していられる状況ではないということも
説明された。
さらには、最後、どこまで治療するかの選択肢も説明された。
もう、その頃は、私の頭は、はっきりしていなくて、
先生の説明は聞いているものの、きちんと理解をすることが不可能な状況だった。
ただただ、酸素マスクをつけたキャンディに
「大好きだよ、ママの自慢の子だよ、キャンディ、いっぱい頑張ってえらいね」
などと、泣きながら言うことしかできず、そうこうしている間にも、
キャンディの心拍はどんどん弱っていき、時々苦しそうに、細く小さく鳴く。
その間に、先般抜いた胸の水の成分がわかり、リンパ腫が見つかった。

やっぱりリンパ腫、ガンだったのか。
そんな状況で、キャンディはずっと頑張っていたんだ。

脈が急激に弱まりつつあるので、心電図をとりながら、
また、万が一の時のソウカン、血管確保をし、下がってきた体温を、少しずつ暖めながら
キャンディの様子を見守った。
その間、ずっとずっとキャンディに話しかけた。
夫も、ミルヒも、キャンディを見守った。

何度か、か細い声で、ひーと鳴いた後、
しばらくして、キャンディは、キャンディの時を止めた。
一度はソウカンをしたが、2度目の時は、もう十分ですと、告げた。
だって。
キャンディは、ずっとずっと頑張ってきたんだもん。
もう、頑張らなくていい。


*********
19日は、娘の中学の卒業式で、
人間チームをきちんと卒業式に出席させてくれて、
キャンディは、最後の最後まで、本当に親孝行、お姉ちゃん孝行な子でした。
いつもいつも、
私達を気遣う優しさも持ち合わせていました。
私は、随分とキャンディに甘えさせてもらって痛んだなぁと、今更ながらに感じます。
キャンディしか知らない愚痴もあったし、
キャンディしか知らない、涙もあった。
私の子でもあり、時には、優秀なカウンセラーでありセラピストであり。
キャンディの存在は、本当に本当に大きなものでした。
愛おしい、大切な子でした。

何が原因で亡くなったのか、悩まなくて済むように
きちんと病状の原因を知らせ、
最悪の体調の中、先生も不思議がるほどの便を出して安心させてくれて。
そんなときでさえ、最後の最後まで私達に気遣いをしてくれたんだと思うと
たまらなくなります。

こうして書いている間も、涙がこみあげてきてしまうけれど、
キャンディは、私が涙を流していると、
いつまでもいつまでも心配している子でした。
天国でも心配させtないように、私はしっかりしないといけない。
しっかりしなければいけないんだ。


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          2010年 3月20日 00:12撮影。
    キャンディとミルヒ、二匹揃っての最後の写真になるなんて、思いもしなかった。


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        幼い頃、娘がキャンディに宛てた文章がいくつか出てきた。
           幼い娘が感じたことは、間違いではないと思う。
       キャンディは、本当に私達をいつも一生懸命に気遣ってくれる優しい子だった。
               火葬されるキャンディに添えた。




******

キャンディ
ママの子になってくれて、ありがとうね。
ママは、キャンディが大好きだよ。
キャンディからいっぱい幸せをもらいました。
それは、キャンディが想像するよりも、すごくたくさんの幸せです。

今、ここにキャンディはいないけれど、
きっとママが天国に行ったら、また会える。
ママが天国に行ったら、ご門までお迎えに来てね。
それまで、待っていてね。
その時は、一緒にまたお散歩にいこうね。

キャンディ、ママの大切なキャンディ。
ほんとうに、ほんとうにありがとう。

今もこれからも、ずーーっと大好きだよ。
ママの自慢の子だよ。
ありがとう。ありがとうね。

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皆様からも、ご心配のメールやお電話をいただき、ありがとうございました。
キャンディを可愛がってくださって、本当に、本当にありがとうございました。
最後まで、献身的に診てくださったお医者様たちにも、本当に感謝したいと思います。

皆様に可愛がっていただいて、キャンディは幸せな子だったと思います。
皆様、本当にありがとうございました。
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by candy-k1 | 2010-03-23 22:19 | いとしい人たち